木を飲む——そう聞いて、どんな味を想像するだろうか。石川県白山麓の森から生まれた「QINO SODA」は、驚きやおいしさといった感覚を起点に、都会の人々を森へと誘う。環境問題を語るのではなく、「味わうこと」を通して人と森の関係を更新しようとするfabriqのおふたりに、森との持続可能な関わり方について話を聞いた。
口の中で森林を体感する
グラスにトクトクと炭酸が注がれていく。液色は透明で、一見通常の炭酸水と変わりない。
しかし口に含んだ瞬間、驚きがやってくる。立ち上がるのは、木そのものの清々しい香り。踏みしめた葉の青さや、幹から漂う安心感のある香り——森を歩いたときの記憶が、身体の内側から呼び起こされる。
この炭酸の正体は、「QINO SODA」。「木のソーダ」の名の通り、“木を飲む”体験と言っても過言ではない。それもそのはず、成分は木と水だけ。砂糖も人工香料も使われていない。
石川県白山麓の森から生まれたこのソーダは、間伐時に切られながら活用されてこなかったクロモジなどの樹木を原料とし、蒸留によって香りを水へ移し、炭酸として仕立てている。
味わいとして印象的なのは、風味の新しさだけではない。口にしたあと、身体の力がふっとゆるむような感覚がある。創業者の高平晴誉さんが「一口飲むと、森林浴した気分になれる」と語るように、都市にいながら森に触れるような心地よさが立ち上がる。
ただ、開発を担当する三嘴光貴さんは、当初から木と水だけでつくろうとしていたわけではないと話す。
素材を足すのではなく削ぎ落とす。最終的に辿り着いたのは、クロモジのエッセンスと水、炭酸だけという極限までシンプルな構成だった。
こうして生まれたQINO SODAは、現在ではレストランやホテルなどでも提供されている。砂糖の甘さがなく、食事に寄り添うノンアルコールドリンクとして選ばれ始めている。
QINO SODAにあるのは、ただの“自然っぽさ”ではない。森でクロモジを折った瞬間の鮮烈な香りを、都市の食卓やホテルのレストランでも感じられるように翻訳する。その裏側には、精密な試作と感覚のチューニングが重ねられているのだ。
森と水をめぐる問いから生まれたプロダクト
QINOを手がけるのは、東京・恵比寿を拠点とするクリエイティブカンパニー、fabriq。広告制作をきっかけに石川県白山市の森と出会ったことから、このプロジェクトは始まった。
高平さんは、地元の人たちとの対話の中で、森と水が切り離せない関係にあることを知る。森林の土壌は雨水を蓄え、川となって海へと流れ、やがてまた雨となって森へ還る。その循環の中で、森は水源としての役割を担っている。そして、木を適切に「使う」ことが、森を健全に保ち、その循環を守ることにつながるという。
しかし戦後に植えられたスギやヒノキの人工林は、木材需要の変化によって活用されにくくなり、手入れされないまま残されている。木を切ることは自然破壊だと思われがちだが、適切に間引かなければ森に光が届かず、土壌は弱り、水源としての機能も損なわれていく。
QINOの活動は森林保全という大きなテーマを内包しながらも、その伝え方は決して重くない。むしろ入口にあるのは、人の感覚だ。
その姿勢はプロダクトのあり方にも現れている。
ブランド名のQINOには、「木の」という意味とともに、“Question”というもうひとつの意味が込められている。
QINOは、即効性のある問題解決を促すブランドではない。むしろ、問いを手渡すことで、森と人の関係をひらいていくブランドだ。
実際に、QINO SODAの売上の一部は森づくりに還元されている。今年3月に新しくローンチされた「森秘茶」では、原料を調達してくれる林業者の生活動線の中に、原料の受け渡しや乾燥工程を組み込むなど、無理なく続けられる仕組みも設計されている。
環境にいいから選ぶのではなく、まず飲みたいと思う。その感覚的な入口から、QINOは人と森との距離を少しずつ近づけているのだ。
「森を飲む」から「森に行く」へ
現在、QINOは新たにシロップの開発を進めている。木の香りとフルーツを掛け合わせることで、より多くの人に届く入口をつくる試みだ。甘さを加えることで、子どもから大人まで楽しめる広がりも見据えている。
日常の中で森を味わうこと。それが、QINOがつくる最初の接点だ。
ただし、彼らが目指しているのは、飲んで終わりの関係ではない。プロダクトはあくまで“森から都市への出張”。それらをきっかけに、最終的には実際に森へ足を運ぶ体験へつなげたいと考えている。
その象徴的な取り組みが、2022年に開催された「QINO Restaurant」だった。
石川県白山麓の森の中に2日間だけ開かれた、「水の循環をあじわう」レストラン。アーティストの諏訪綾子さんとともに構想し、地元の料理人や旅館のおかみ、地域の人々と協働してつくりあげた。
それは、単に地元食材を使ったレストランではない。雪、土、木、石、田、海、雲。白山に降り積もった雪が土に染み込み、木を育て、川となり、田や海へ流れ、やがて雲になってまた戻ってくる。その一連の循環を、7皿のフルコースとして、食べることで体験する。
頭で理解する前に、身体が先に反応する。その感覚こそが、QINOが大切にしている入口なのだろう。
「正しさ」よりも「楽しさ」を起点に、森と関わる
QINOは、森林保全に関わるプロジェクトである。しかし、彼らの語り口には、環境問題を“背負う”重さがあまりない。むしろ印象に残るのは、楽しそうであることだ。森に行くと気持ちいい。木の香りを嗅ぐと驚く。新しい素材を見つけると、何かつくれないかと考える。人と出会い、年齢・性別・能力を問わず、共に森に行く友達が増えていく──高平さんは、森を守ることと遊ぶことの関係を、公園にたとえて話してくれた。
自然の時間軸は、人間よりもずっと長い。森をどうにかしようと力みすぎても、人間の寿命の方が先に尽きてしまうかもしれない。だからこそ、できるだけ長く、楽しみながら続けることが大切なのだという。
また、三嘴さんは、活動が続いていくためには「参加したくなる状態」をつくることが重要だと話す。
もちろん、事業として続けるためには、売上も必要になる。QINO SODAはシグネチャープロダクトでありながら、利益構造としては決して簡単ではない。だからこそ、森秘茶や今後開発中のシロップなど、より多くの人に届き、事業の原資にもなるプロダクトも企画している。
感覚と論理。遊びと事業。軽やかさと継続性。QINOは、さまざまな両義性を行き来しながら、森との関係を人の身体に取り戻していく。
QINOは、森の課題を説明するためのブランドではない。おいしいから飲みたくなる。森に行ってみたくなる。その先で、気づけば水源地の林業者や、森の手入れ、地域の循環とつながっている。正しさではなく、あじわいたさから始まる環境への入口。その軽やかさこそが、これからの循環を長く続けていくための力なのかもしれない。
高平晴誉(たかひら・はるやす)
1983年東京生まれ。台湾人の両親のもとに生まれる。広告会社での勤務を経て、2011年株式会社fabriqを設立。以来、企業の一社一社がもつ課題の源流を見直し、クリエイティブの力で解決の提案を行ってきた。2019年、とある企業のCM撮影を機に石川県白山市を訪れ、木の新しい使いみちを、ひとつひとつ形にしていくユニットを設立し、QINO[キノ]と名づける。自分の目でたしかめ、肌で感じた自然の価値と、そこで暮らす人々の魅力を常識にとらわれない方法で伝えていくことに邁進する。
三嘴光貴(みつはし・こうき)
株式会社fabriq QINO事業部長。元バーテンダーとしての経験を起点に、「QINO SODA」をはじめ森の循環と人の感性を結ぶプロダクトを手がける。素材の可能性を探り、一杯の飲みものが情景や記憶を呼び起こす瞬間を追い求めている。
