誰もが知らず知らずのうちに楽しく、環境に良いことを実践する。そんな社会が実現したら、きっと世界中が笑顔になる。Earth hacksの郭晨怡さんは、「夢みたいなことですが」と前置きをしながらも、そんな未来像を思い描いている。
「どこにでもいるような普通の就活生だった」と語る彼女が、なぜ社会課題の解決に取り組み、脱炭素の実現を自身の夢として語るようになったのだろうか?
「良いこと」は、楽しくないと続かない
「脱炭素」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろうか?生活者にとってはどこか縁遠いもの。「良いこと」と分かっているけど、少し面倒くさいもの。そんな風に捉えている人も少ないだろう。けれど、その入口を「楽しい」に置き換えたら、もっと脱炭素のアクションは軽やかに広がっていくのではないか。そんな発想で脱炭素と向き合っているのが、Earth hacksで働く郭さんだ。
Earth hacksは2050年の脱炭素社会に向けて、Z世代や企業との共創を通じて、「無理なく楽しく」脱炭素(デカボ)の選択肢を広げることをミッションに掲げる企業だ。生活者のアクションと企業の努力をつなぎ、環境活動のイメージをポジティブなものへアップデートしようとしている。
その考え方は、同社が展開する「デカボスコア」にも表れている。これは商品やサービスのCO2排出量が、従来品と比べて何%減ったか、という削減「率」を可視化する仕組みだ。
たとえば、一枚のシャツをつくる過程で排出されるCO2を3kgから1.5kgへ減らしたとする。けれど、その削減量をそのまま数字で伝えても、生活者にはなかなかピンとこない。しかし、「50%削減」というスコアを伝えることで、ぐっとイメージがしやすくなる。
名前ではなく、やりたいことを選ぶ
郭さんは大学卒業後に新卒でEarth hacksへ入社した。大学3年時に就職活動を始めた当初は環境活動に興味を持っていたわけではなく「大企業に惹かれる一般的な就活生」だったと振り返る。しかし、ネームバリューや待遇を基準に企業と向き合おうとするほど、「自分が何をしたいのか」が見えなくなっていったという。
転機になったのは、学生向けのビジネスコンテスト「デカボチャレンジ」に参加したことだった。デカボチャレンジは、Z世代と企業・自治体が脱炭素をテーマに事業を共創し、アイデアの発想から社会実装まで伴走するプログラム。ワークショップを通じて、それまで難しいと感じていた社会課題が、少しずつ自分ごとへと変わっていったことを実感した。
その熱意が通じて、デカボチャレンジに参加した後、郭さんはインターンとしてEarth hacks参加することに。しかし、そこからEarth hacksへの道が一直線に続いたわけではない。郭さんはインターンとして働きながら、自身の専攻である行動経済学をさらに深めたいという思いから大学院入試に挑戦し、合格を果たした。
そして、大学院進学に向けて、研究を重ねながら進路について考える中で、自分が本当にやりたいことは何かという問いに時間をかけて向き合っていった。
研究を続けること、研究やインターンで学んだ知見を活かし別の企業に就職すること、様々な選択肢が郭さんには広がっていった。しかし、最終的に辿り着いたのは、今自分が興味ある分野にまっすぐに進むことだった。
「デカボ」を世界に広がるカルチャーに
現在、郭さんはデカボスコアを生活者にどう届けるかを考える企画・事業開発と、デカボチャレンジをはじめとする共創事業を担当している。インターン時と比較して、業務の内容が広がり、巻き込むべき人も、交渉の場面も増えた。学ぶことは一気に多くなったが、その分だけ、できることも増えていった。自分が関わったことで、誰かの思いが「企画」として形になることに喜びを感じるという。
郭さんはデカボを世界中に広がるアクションへ繋げていきたいと語る。しかし、彼女が思い描くのは、規制やルールによって「縛る」ものではない。楽しさを入口にカルチャーとして自然に広がっていく姿だ。
デカボは、我慢ではなく「楽」
郭さんが働く中で何より大事にしているのは「生活者の目線を忘れない」こと。一人ひとりのアクションがデカボにつながっていく。であるならば、生活者の意識が変わっていくことはデカボを広める上では不可欠なのである。では、私たちが普段の暮らしのなかでできることとは何だろうか?
生活者にとって、新しいアクションを起こすことはハードルが高い。しかし、ものごとを見る目線が変われば、自然と行動は変わっていく。大切なのは、その視点を変えていくことなのだ。それが「楽しく」「楽な」ものであれば、無理なく続けられるというのが郭さんの考えだ。
その小さな行動変容の先に、郭さんはどんな未来を描いているのだろうか。
「良いこと」を「楽しいもの」へ変えていく。生活者の目線が変わることで、社会課題はとても身近で、解決可能なものへと置き換わる。郭さんが思い描く未来は、近い将来、わたしたちの生活の中に姿を現すのかもしれない。
