Vol.2 『マトリックス』編

Vol.2 『マトリックス』編

SF映画が描く未来って、どれくらい環境に優しいのだろう?そんな疑問に答えるべく、「デカボスコア」を算出・提供するEarth hacksのメンバーが、SF映画をデカボ(脱炭素)で議論していくのが、本連載「デカボ映画格付け会議」です。


第2回で取り上げるのは、現実と仮想世界の二重構造を鮮烈に描いたSFの金字塔「マトリックス」シリーズです。実はこの作品、突き詰めていくと「電気」をめぐる戦争の物語でもあります。人間を電池として使う機械たち、地熱でまかなわれる最後の都市、そして全人類の意識を動かし続ける仮想世界……果たしてこれらはデカボなのでしょうか?


※本企画はフィクションをもとにした仮想的な視点による評価であり、実際のデカボスコアとは異なります。


人間電池:"廃熱の再利用"と考えればデカボだが、効率が悪すぎる

──「マトリックス」の世界では、機械が支配権を握り、人間はカプセルの中で培養され、その体から発される熱がエネルギー源として利用されています。簡単に言うと、人間が「電池」として使われているんです。人間から発電できるのであれば、これはかなりデカボな仕組みなのではないかと思うのですが、いかがでしょう?


倫理的な問題は置いておくとして……人間が何もせずただ存在しているだけで発電をしてくれるのなら、太陽光や地熱と同じようにエネルギーの再利用に近い考え方ですよね。ただ、話はそう単純ではなさそうですね。


──というと?


人間は生きるために食事をしなければなりません。作中では栄養液で生かされているとのことですが、人間を生かし続けるにはエネルギーの投入が必要です。そして投入したエネルギーよりも、人間から回収できるエネルギーの方が、変換を重ねる分どうしても小さくなってしまう。エネルギーは変換するたびに目減りしますから。


──なるほど。つまり発電効率が悪いということですね。


発電装置としてはかなり非効率だと思います。栄養液を作る工程にもエネルギーがかかりますし、他にもっと効率のいい発電方法があるはずです。人間は生活しているだけで勝手に熱を発していて、その廃熱は普通なら捨てられてしまう。それを「本来無駄になっている熱の再利用」と捉えるならデカボな側面もあると言えますが、どうやらそうではなさそうですね。


──ちなみにこの栄養液、作中では「死んだ人間から作っている」という描写があるんです。亡くなった人間を分解して、新しい栄養液として供給している、と。


それは、再利用という観点ではデカボと言えますね。本来の役割を終えたものを、別の用途で使い回しているわけですから。現実世界だと、人間が亡くなった後は火葬や土葬を経て、長い時間をかけて分解され、土に還っていきます。それに比べると、マトリックスの世界の循環サイクルはずいぶん短く回っている印象です。


──なるほど。


そもそもなのですが、マトリックスの機械はなぜわざわざ人間を発電に使っているんでしょうか。効率だけを考えるなら、人間を生かさずに、水力や地熱で発電した方が圧倒的に合理的なはずです。それでもあえて人間を使っているのは、何か別の理由があるのかもしれません。機械が人間を必要とする、一種の「生態系」として設計されていると推測することもできますね。


DECARBO Judge


人間電池:発電装置としては非効率でデカボとは言い難い。ただし"廃熱の再利用"や死後の資源循環という観点では評価の余地あり。

地下都市「ザイオン」:地熱でまかなう暮らしはデカボ

──機械に支配された世界で、人類が最後の砦としているのが地下都市「ザイオン」です。地下深くにあり、マグマの近くに位置しているため、地熱を利用して都市を運営しているという設定です。


地熱発電でまかなっているのなら、それは再生可能エネルギーですから、都市のエネルギー源としてはデカボですね。ただ、ザイオンが地熱で発電できているなら、機械たちも最初からその地熱を使えばいいのにと考えざるを得ませんね。繰り返しになりますが、なぜわざわざ人間を電池にする必要があるのでしょうか?


──ザイオンはそれほど大きな都市ではなく、人口も限られています。その規模の電力を地熱でまかなうことはできても、マトリックス全体を維持する発電量は見込めないのかもしれません。


確かに、マトリックスの維持に必要な電力量がわからない限りはなんとも言えませんね。


──地下都市と地上都市ではどちらがデカボなんでしょう?


地上なら太陽光発電が使えますが、地下ではそれができない代わりに地熱が使える。ただ、地熱は場所によってムラが大きく、どこで出るか掘ってみないと分からないというデメリットがあります。その上、掘削には時間もコストもかかります。その点、太陽光発電はリスクが低いですね。


また、食料生産も問題です。地下は太陽光が入らないので、作物を育てるには人工照明つきの施設を作る必要があり、そこにエネルギーがかかりますし、物資の輸送コストも計算しなければいけません。地上にあるものを地下へ運び込むとなると、重力に逆らって垂直に運ばなければならない。水平移動よりも余計にエネルギーがかかります。


また、人間のウェルビーイングの観点でも、太陽を浴びられない環境は健康に影響します。地上で問題ないのならば、わざわざ地下都市を築き、そこに暮らす必要がないのではないか?というのが率直なところです。


──実は、マトリックスの世界では太陽光が使えないんです。かつて機械と人間が戦争をしたとき、機械はソーラーエネルギーで動いていた。そこで人間が、敵である機械のエネルギー源を断つために、空を黒い雲で覆って太陽光を遮断してしまったんです。


太陽から受けられる恩恵を手放すとは…人間側もずいぶん思い切った手を打ちましたね。脱炭素の観点で、有力なエネルギー源の一つを自ら断ってしまったのですから。


──ちなみに、ザイオンから出撃する乗り物「ホバークラフト」というものがあるのですが、この船は数十年にわたって使い続けられているという描写があります。


それは、とてもデカボですね。ひとつのものを修理・補修しながら長く使うことは、新しく作り替えるよりずっと環境負荷が低い。「長く使う」という点では高く評価できます。


そもそもザイオンは資材が乏しいという設定なので、暮らし方・生き方そのものがデカボに通じている。むしろ、デカボでなければ生きていけない世界観、と言ってもいいかもしれません。


DECARBO Judge


ザイオン:世界観がデカボ。地熱という再エネで都市を運営し、乗り物も含めて"修理して長く使う"文化が根付いている。


マトリックス:電気をめぐる戦争。なのに、誰も"省エネ"を考えていない

──最後に、タイトルにもなっている仮想世界「マトリックス」についてです。これは全人類の意識を丸ごと取り込み、精神だけを閉じ込めた仮想世界で、機械のコンピューターによって作り出されています。そして、これを動かすために膨大な電力が必要で、その電力源として人間が使われている、というのが物語の根幹です。


なるほど。全人類の意識を取り組んだ仮想空間、人間を管理する機械そのものを動かすためには地熱のエネルギーだけでは足りなかったのかもしれませんね。


──全人類の意識を同時にシミュレートし続ける演算には、相当な電力が必要になりますよね。


非現実的な設定の上、実現するにしてもどれほどの電力が必要なのかが不確かですが、桁違いのスケールであることは間違いないでしょう。ただ、マトリックスの中での生活は、意外とデカボかもしれないですね。


──というと?


たとえば現実世界で飛行機を飛ばせば大量のCO2が出ますが、マトリックスの中で飛行機に乗っても、実際のCO2は出ません。それでいて、乗っているのと同じ体験は得られる。


マトリックスを維持する電力消費と、現実で飛行機を作り、飛ばし、廃棄し、旅行先で食事や買い物をする分の排出とを比べると、案外リアルの物質的な排出の方が大きいかもしれない。そう考えると「電力消費だけで完結する世界」は、意外とデカボな可能性があるんです。


──排出量の大きい娯楽を仮想体験に置き換えていけば、デカボな世界になる可能性があるということですね。


もちろんケースバイケースではあります。移動や、大量のモノ・電力を使う経験を仮想に置き換えるなら、デカボのポテンシャルは大きい。一方で、キャッチボールのようにそもそも物も電力も必要としない体験はむしろ排出が増えてしまうこともあります。


──ここで、シリーズ第4作で明かされる衝撃の設定をご紹介したいのですが……実は、主人公ネオとヒロインのトリニティ、この2人の「愛」によって膨大な電力が生み出されていた、という種明かしがあるんです。もし愛で発電できるとしたら、どうでしょう?


なかなか難しい質問ですね(笑)。もし本当に愛で発電できるなら、世界からエネルギー問題はなくなりますね。電力をめぐる戦争そのものが起きなくなる。


ただ、その場合、人口の多さがそのまま国力の差に直結してしまいそうですね。愛が資源になる世界では、人口の多い国が強いということになりますから。


──この映画をデカボ観点で考えてみると、「資源を搾取する機械VS人間」の話なんですよね。膨大な電力をどう確保するかを機械側が考え、それに人間が抗うという構図で物語が進んでいきます。人と機械は電気のために争っているんですよ。


面白いですね。ただ気になることがあります。機械が電力を必要としていて、そのために人間をカプセルに閉じ込めてマトリックスという仮想世界を作りあげた。機械と人間の対立は戦争にまで発展している…にも関わらず誰も「省エネ」を考えていないんですよね。なんで誰もエネルギー効率を高めようとしないのでしょう?


──言われてみれば…


機械側は困っているはずなのに、電力消費を減らす工夫をしている様子が描かれない。人間を非効率な電池として使い続け、大量の機械兵器を惜しみなく投入している。本当にエネルギーで困っているんだっけ?と思ってしまうくらい、電力を使いまくっています。つまり、エネルギーの調達方法をめぐって争う一方で、そもそもの消費を効率化する、という発想が抜け落ちているんですね。


脱炭素の考え方では発電(つくる)と同じくらい、省エネ(減らす)が大事なんです。マトリックスの世界は、その「減らす」の視点が欠けている。もし機械たちがデカボの発想を持っていたら、そもそもこんな戦争は起きなかったのかもしれません。


DECARBO Judge


マトリックス(仮想世界):「電気のために戦う」世界でありながら省エネの発想が欠如しているのが最大の矛盾。