クラシックとAI、そしてしあわせについて考える。

クラシックとAI、そしてしあわせについて考える。


「一生物」や「クラシック」という言葉は、ファッションの宣伝文として広く知られている。

一つのものを長く愛用することができたら、それは環境にも社会にもポジティブな消費と言える。けれど、流行は常に移ろうから、”一生物なんて存在しない”という声もある。この連載では、メンズファッションのバイヤーとして数多くの服を見て、仕入れて、届けてきた金子恵治さんとともに「100年先に残るクラシック」について寄り道と脱線をしながら考えていく。

第二回はバスキュールの馬場鑑平さんをゲストに迎えて、「クラシックとAI」について語っていく。スマホを気球で宇宙へ飛ばし、国際宇宙ステーションと地上を中継でつなぐ。馬場さんは、そんな壮大な企画をテクノロジーの側面から支えるクリエイティブテクノロジストだ。服と広告、扱うものの異なる2人に、AI以降に残り続けるクラシックとは何かを尋ねた。(聞き手:長嶋太陽)

金子恵治 Keiji Kaneko

ファッションディレクター /ブティックカンパニー代表

セレクトショップにてメンズファッションのバイヤーに従事、20年以上バイイングに携わった後、2015年にL’ECHOPPEを立ち上げる。現在はFOUNDOURや青山「BOUTIQUE」の運営を中心に、フィルソン、アウトドアプロダクツ、リーバイスなど様々なブランドの企画に参加。

馬場鑑平 Kampei Baba

1976年大分県生まれ。慶応大学総合政策学部卒業後、2002年バスキュールにプログラマとして入社。2010年クリエイティブディレクターに転身。広告、アトラクションイベント、教育、アートなど、様々な領域のインタラクティブコンテンツの企画制作に携わる。近年は、2025年大阪万博のシグネチャーパビリオン「いのちめぐる冒険」館や、宇宙と地上をリアルタイムにつなぐ「KIBO宇宙放送局」のクリエイティブディレクションを担当。

「怖そう」とよく言われていました

長嶋 馬場さんが手がけた広告で強く印象に残っているのが、ギャラクシーの「スペースバルーンプロジェクト」です。ハッシュタグをつけてツイートすると、気球で宇宙まで上がったスマホに自分の言葉が映る。それを全てライブ中継する。スマホとSNSが社会に広まった2010年代の広告コミュニケーションで、テクノロジーとクリエイティブの掛け合わせに注目が集まり始めた時期を代表するキャンペーンでした。実際に宇宙で流れたツイートの多くは、「みんなが幸せでありますように」というような牧歌的な内容で、インターネットによって社会の民主化が良い形で花開いていくんじゃないかとワクワクしたんですよ。

馬場 僕が社会に出た2002年頃は、インターネットでクリエイティブをやっている人はまだそれほど多くなくて、後に『デザインあ』を手がける中村勇吾さんがその領域を開拓していましたね。アイデアを形にすれば、世界中のインターネット好きから見てもらえるような環境だったんです。そんなある種、牧歌的な時代を経て、今のインターネットはすっかり社会インフラ化し、それぞれが好きなものを深く楽しめるようになった一方で、同じものを見て面白がる機会は意外と少なくなった気もします。だからこそ、誰でも一緒にいいねと思えるような体験を作りたい。その気持ちはスペースバルーンの頃から今も続いています。

長嶋 金子さんは2010年代を振り返るといかがですか?

金子 僕は2015年にレショップというお店をコンセプター/バイヤーとして立ち上げたのですが、当初は全然売れなくて、とにかく伝える必要性を感じて、はてなブログでブログを書き続けるようになりました。

バイヤーという仕事は完全に裏方。表に出るのはプレス・PRでした。ただ、お店として規模が大きいわけでもお金があるわけでもないから、とにかく自分が発信しないと、どこにも届かない。それからブログやSNSでの発信を地道に続けるようになりました。


長嶋 金子さんのブログ、欠かさず読んでいました。


金子 当時は、ブログや取材をしていただいた記事を通して知ってもらうことが多くなったのですが、「怖そう」とよく言われていましたね(笑)。SNSで自ら頻繁に発信するようになり、そういう印象で語られることはほとんどなくなりました。

長嶋 馬場さんも金子さんも、インターネットによって道がひらけてきたわけですよね。今ではSNSが広く浸透し、AIによって様々な行為が代替されるようになってきていますが、どのような変化を感じますか?

馬場:スクリーンの中でテクノロジーを使って何か面白い体験を生み出す、という仕事をしてきたのですが、もはや誰でもAIで同じことができるようになりつつあります。、ここ半年ぐらいのスピード感は凄まじい。そこじゃないところでやっていかないといけないなと思います。


金子 そこまで大きな変化が起きているんですね。


馬場 直近では、物理的に体験できるもの、人がみんなで集まって体験するフィジカルなもの。そういうところで新しい共有できる体験を生み出すことを仕事として形にしていきたいと思っています。

自分は元々空間やイベントといった体験をベースにした仕事も多いので、仕事がなくなる、みたいなことはすぐには起きないと思いますが、映像や音楽の制作業務などはかなり難しくなっていると思います。1年先どころか、数ヶ月先にはどうなるんだろう?っていう。


金子:確かに、自分がグラフィックデザイナーという立場だったら、不安に思うかもしれません。僕はアパレルのディレクターという仕事が多いので、「今はこういうものが必要だな」という、社会や状況への感覚と、それをどう具体的に形にするかのイメージや技術が頭の中にあって、そういう領域はAIによって代替されるものではないのかな。今は、と言うべきかもしれませんが。


馬場 金子さんは、服を作る上でどんなことを考えるんですか?

金子 僕は、①個人的な経験・好み、②歴史的な背景、③今の気分という三本柱を重ね合わせて答えを出しています。これらの引き出しはいつでも揃っている。ただ、そこに外的な要素である、人やブランドが掛け合わさることで、自分のイメージの外側へ行けることがあります。

馬場 わかりやすいですね。意思を持って「こういうものを作りたい」という人にとって、AIは便利なツールです。でも、人間にできることは順番に取り込まれていく。AIは一番確からしいもの、つまり凡庸なものを出すと言われますが、凡庸が分かるなら、そこから外すことも、いずれできるようになるんじゃないか。いずれそういう未来になるんじゃないかという危機感はありますね。

クラシックなファッションとは何か

馬場 素人すぎる質問なのですが、クラシックなファッションってどういうものなのでしょう。金子さんは常にクラシックを提案しているんですか?今日着ていらっしゃるものは……?

金子 自分の場合は、クラシックなものがベースにあるけれど、そこにひねりを加えるというのが自分のスタイルの中心にあります。今日のシャツは、1950年代のアバークロンビー&フィッチのウール素材のヴィンテージ。まさしくクラシックなものですが、王道とは少し異なる。Tシャツはオーラリーに「普通のアメリカのTシャツを、日本の優れた生地で作りたい」と頼んで作ってもらったもの。5、6年着ても襟が綺麗なままで、色の褪せ方は古着のよう。スラックスはゴールドウインと一緒に作ったもので、実はテック素材なんです。クラシックというのは、歴史の中で形作られた王道。それを下敷きにしながら、中身はそれぞれ違う。それをあくまで自分の中で楽しんでいるんです。

馬場 面白いですね。そういうことを学ぶには、どうしたらいいのでしょうか?

金子 昔はスタイルごとに専門的な雑誌がありましたが、今は「大人の普段着」という括りで提案されることが増えてきましたね。ある意味で特化しているのはYouTubeとか、AIで自分の好きにスタイルを掘り下げるのもいいかもしれませんが、雑誌のような第三者の視点ではなく、自分が主語になることで、情報の質が変わると思います。

長嶋 金子さん自身が、ジャンルになっていますよね。その背景には間違いなくアメカジがある。自分の提案するスタイルが広がっていくことをどう捉えているのですか?

金子 発信しているだけなので、何が起きているのかってよくわからないんですけど。一時期、キャップにメガネ、シャツをインしてスラックスというおじさんが激増した、という話はよく聞きました(笑)。ジージャン、ジーパン、チェックシャツは、キムタクなら似合うけれど、普通のおじさんがそのまま着ると野暮ったい。だから足元を綺麗な革靴にして、サイズ感を整える。そうやって翻訳して生まれたものが、「金子が着れるなら俺もいける」と参考にしやすいのかもしれない。直球で着たいけど着れないと悩んでいる人は、思っている以上に多いんです。僕は服好きとしてはかなり狂っている方だけれど、その人しか楽しめないものをやりたいとは全然思わない。難しいものを分かりやすく説明したり、分かりやすく着たりして楽しんできたんです。

馬場 そこは僕も同じ感覚があります。高度なテクノロジーを誇示するのではなく、裏側にある作り手のエゴが見えない方が理想だと思っていて。「俺はこんなすごい技術を使っている」を見世物にするのではなく、誰でも分かる形に落とし込んで、その場で触れて、「ちょっと良かったな」とみんなが思えるものを作る。そういうことを大切にしてきました。

どういう時に幸せを感じますか?

長嶋 この対談のテーマは「100年先のクラシック」ですが、どんなものが残り、どんなものが失われていくと思いますか?


金子 例えば襟って、無駄なものだと思うんです。ネクタイを締めない人にとって、意味のない装飾ですよね。着心地がいいわけでもない。合理性もないし冷静に考えると意味がわからない。そういう無意味さがたくさん存在するのがファッションの世界で、歴史や文脈によって脈々と受け継がれてきたものが、AIの普及によって淘汰され、服の形が劇的に変わるとは思いません。でも一方で、社会が変われば、着るものも変わる。100年続いたシャツという形が、必要なくなるときがいつか来るかもしれない。実際に必需品が必需品でなくなっている。ピシッとスーツを着ている人は、着物で京都を歩いている人と変わらない存在になるかもしれません。クラシックが絶える可能性も、なきにしもあらずです。


馬場 ある意味で、クラシックなスタイルを愛好するというのは、人間ならではの行為なのかもしれません。クラシックについてもっと深く知りたくなってきました。


金子 今週末(取材時)、ちょうどブルックスブラザーズのボタンダウンシャツを発売するんですよ。クラシックといえばまさに、という服なので、もしよければ着てみてください。


馬場 ありがとうございます!ぜひ伺います。(馬場後日談:実際にお店で金子さんにシャツを選んでもらいました。ただのおじさんの僕に何が似合うかを、本当に自然に考えてくれている感じがして。服そのものだけでなく、それが誰かの日常になじむところまで好きな人なんだなと思いました。)

さっきの、クラシックを下敷きにしながら少しずつ変えるという話でいうと、僕も作り手として、細部はすごく気になるんです。歳をとったら制作物の最後の仕上げは誰かに任せるんだろうなと思っていたんですけど、そんなことはありませんでした。「1ピクセル右に」って、何歳まで言うんだろうと思いながら、いまだに細かい調整を行っています。でもその作業をすることで腑に落ちる瞬間があって、それが作る喜びだし、そういう細部を突き詰める行為はクラシックに通じるのかもしれないと思います。


金子 すごく近い感覚があります。今、フィルソンという歴史のあるアウトドアブランドの日本企画のディレクションをしているのですが、50年代のワークジャケットを見ていたら、上下のポケットの大きさに差があるんです。上の方が少しだけ大きい。きっと当時はこの方が便利だったんでしょうね。でも今の生活で使うのは圧倒的に下のポケット。だから上下を逆にして作っているんです。この変更にはほとんど誰も気づかない。クラシックというものを一つ一つのディテールまで含めて理解しながら、それを少しずつ作り変えて、わからないレベルの調整を行う。こういう作業って、もはや癖のようなものなんですよね。

長嶋 怖いのは、そういう細部を受け取る人が減ってしまうことです。作ることの敷居が劇的に下がった先で、細部まで含めて評価してきた基準自体が機能しなくなるとしたら悲しい。1ピクセルにこだわる作り手であることと、それに気づける良い受け手であろうとすること。社会にその両方が必要な気がしています。

金子 販売員をはじめ、関わる人全てに言えることですよね。僕がいつも目指すのは、10年後もクローゼットの一軍に入っている服。トレンドの服の方が数字は取れるのでいつもジレンマがあります。

馬場 デジタル領域のクリエイティブは、本当に刹那的なんです。昔はインターネットにあがったものは永遠に残ると思っていたけど、もう見られないものがたくさん。服は50年以上前のものを今も着て、作ったものが未来につながる可能性がある。時間を超えて「これいいじゃん」と言えるのは、すごく幸せだなと思いました。金子さんは幸せそうに見えます。


金子 確かに、幸せかもしれません。馬場さんはどういう時に幸せを感じますか?


馬場 仕事の宣伝のようになってしまうのですが、毎年、国際宇宙ステーションと地上をつないで、宇宙から見る初日の出をみんなでライブで見るという企画を僕らの会社でやってるんです。こちらは、同じように宇宙と地上をつないだ、去年の大阪・関西万博のシャインハットでの映像です。

金子 すごい。夢がありますね。


馬場 地上ではいろいろあるけれど、外から地球を眺めるような視点も持ちながら、みんなでやっていこうよ、と。この視点はテクノロジーによって獲得できたものなんですよね。こういうイベントが、100年続く世界の行事になったらいいなと思っていて。さっきの服の話もそうですけど、過去への敬意があって、自分たちがつくるものも未来につながっていく。そう信じられる仕事に関わっている時、僕らは幸せだと感じるのかもしれないですね。